October 31, 2008

文学研究は「いい加減」か

  • Ruy_Blas: 「文学はいい加減」論は、反論すればほとんどの場合「なんとなく」書いただけですごめんなさいという反応が返ってくるのだけど、なんで「なんとなく」そういうことを書くのかを考えると意外と面白いかも。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971814720]
  • Ruy_Blas: 将軍のようにオレ的世界に生きる気違いや、konatyanのように信仰の旗印の下ならどんな暴力も許されると勘違いしたクズが言うなら無視すればいいのだけど、むしろ問題なのは普通の人の、「なんとなく」な思い込みの方。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971819190]
  • Ruy_Blas: 概念規定の曖昧さや、危うい論理をレトリックでごまかす手法は批判されてしかるべきだけど、それを批判するにはいくつかの前提条件があるはず。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971826427]
  • Ruy_Blas: 1 文学研究の論文をかなりの量読み込んでいる 2 いい加減か否かの基準が明確に示せる 3 特定の論文ではなく、分野全体で「いい加減」であることを示せる 4 他の分野、特に発言者の研究分野は「いい加減」でないことを示せる。 最低これだけは満たしていないと批判は「いい加減」。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971831038]
  • bluesy_k: @ Ruy_Blas 僕がやらかしちゃったときの理由のように分野外の人でも読みそうな本にそういう文献が多いとかいう仮説はどうでしょう. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971831290]
  • Ruy_Blas: これをすべて満たした批判はこれまでに見たことがない。そんないい加減な「批判」が、なぜ文学を対象にすれば許されると思い込む人が少なからずいるのか、が問題になる。多分数学や物理学に同じような「批判」をする人は少ない。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971833066]
  • bluesy_k: @ Ruy_Blas 3はどれぐらいのものを要求されるのでしょう.1.はそれなりにということですが3.は「そうじゃない人もいる」という反論はほぼ大体その分野はだめということでも100%じゃない限り反論が可能だと思うんですが. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971833151]
  • bluesy_k: @ Ruy_Blas 相対論は間違ってるとかいう本の著者の人はどうも数学的記述で煙に巻かれるのとレトリックで煙にまかれれるのが同じように感じられるようですよ. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971834334]
  • Ruy_Blas: @ bluesy_k 他の分野でも一般にトンデモ本は少なからず売れてますよ。「水伝」読んで物理学否定します? [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971835762]
  • Ruy_Blas: @ bluesy_k ふたつめ:「水伝」の例を使えば、「水伝」が知られていても、物理学全体がいい加減とは*思われて*いないですよね?なぜ「水伝」はエラーと*見なされ*て、文学のトンデモ本は代表値と*見なされ*るのか? [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971837668]
  • bluesy_k: @ Ruy_Blas それは,非専門家の立場からでもあまり起こりえないだろうと想像します.少なくとも今は科学が諸学問の中でも特別な位置に多くの人が置いているということにも関係するのでしょう.(といってもそういう「科学」というものを取り巻く社会学的考察については知識が無いですが) [http://twitter.com/bluesy_k/status/971838079]
  • bluesy_k: ひとつだけ本当にいらっときた本の例を挙げるとキェルケゴールの「死に至る病」があるんですが,彼の本はスタンダードな古典として認められてるという認識をその辺に関してはただの普通の人としてもっています. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971840280]
  • bluesy_k: あの本の冒頭は証明されない結論を動機も明らかにせずに立て続けに並べてる気がして腹が立つんですね. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971840886]
  • Ruy_Blas: @ bluesy_k 文学以外の分野ではレトリックを使わないなんて言っている無知な人も少なからずいますけど。レトリックって言葉はあまりに広いので煙に巻く語法としておくと、文学だと本当にそんな「レトリック」だらけだと、逆に他の分野には「レトリック」が存在しないと思われているのは興味深い現象です。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971841012]
  • Ruy_Blas: @ bluesy_k 『死に至る~』は文学的作品とは思いますが、文学研究ではないでしょう。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971842902]
  • bluesy_k: まず僕の「レトリック」はそもそもその言葉に対する定義を印象で決めてる可能性があります. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971843081]
  • bluesy_k: あと,僕が持ってるステレオタイプは文学研究に対してというより「社会学のなかの文学的表現」ですね.そうだとそもそも論点がずれていることになる. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971844309]
  • Ruy_Blas: 言葉を用いる以上、どれだけ厳密に定義しても曖昧さは残る。現実の事象には山ほどノイズがあるので、曖昧さを許容しない定義はどんどん現実から離れる。数学や物理学は現実から徹底的に乖離することで一見曖昧さを排除しているけれど、それを現実にすり合わせる時に凄まじい曖昧さを内包する。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971850022]
  • Ruy_Blas: 本題に戻ると、文学研究がこうして「特権的」な地位を得ているのは、対象がフィクションだから、というのは実はかなり根拠として怪しい。フィクションを対象にしても実証的に研究することは可能だし、逆にフィクションを内包しない学は存在しない。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/971854198]
  • bluesy_k: 現実から乖離してるかなぁ?理想気体をどう位置づけるかとか.そこから出発して補正をどんどん入れていけば現実に漸近するような出発点とか. [http://twitter.com/bluesy_k/status/971855786]
  • Ruy_Blas: その前にちょっとさっきの話(文学「批判」)について書き足しておこう。なぜ,文学を「なんとなく」で批判できるのかという問いは,実は二重の問いである。一つ目はこれまで書いてきたように文学がねらい打ちされるのはなぜかという問いであり,二つ目はなぜ未知の分野を攻撃したがるのかという問い。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/972263117]
  • Ruy_Blas: 前者についてはすでに文学「作品」と文学「研究」の区別がついていないことを指摘した。では,なぜこんな(普通なら絶対にあり得ない)取り違えが起こるのか。まず「文学」って名前がよくない。文学者といったとき,偉い作家も指せば文学研究者も指す。 [http://twitter.com/Ruy_Blas/status/972277126]